空間の香りを考える

LabNotes | 8月21日 | 讀畢需時 5 分鐘

空間の香りを考える

私たちは空間を目で見るだけでなく、音、温度、触覚、そして香りによって感じています。香りは空間のどこに存在し、私たちはそれをどのように認識しているのでしょうか。

空間は、目だけで感じるものなのか

部屋に入った瞬間。

私たちはまず何を見るでしょうか。

壁、床、家具、光、窓。

視覚によって、その場所の大きさや形、明るさを捉えます。

しかし同じ場所に入ったとき、私たちは同時に、「木の匂いがする」「少し湿った空気を感じる」「外から食べ物の匂いが入ってくる」といった情報も受け取っています。

つまり、私たちが感じている「空間」は、視覚だけによって作られているわけではありません。

香りもまた、空間を知覚するための情報の一つなのではないでしょうか。

香りには「場所」の情報がある

香りは、物の存在を知らせるだけではありません。

その香りがどこから来ているのか。

どの方向に広がっているのか。

どのくらいの距離にあるのか。

そして、その場所にどのような環境があるのか。

こうした情報が、匂いの分布の中に含まれている場合があります。

特に動物の嗅覚研究では、匂いの分布や濃度の変化を利用して、物体や餌、移動経路などの空間情報を捉える行動が研究されています。嗅覚環境には時間的・空間的な構造があり、それを生物が利用していることが示されています。

では、人間の場合はどうでしょうか。

私たちは視覚ほど明確に「匂いの地図」を意識しているでしょうか。

ここには、まだ多くの問いがあります。

「この場所の匂い」という感覚

駅に入ったとき。

古い木造の建物に入ったとき。

森林の中を歩いたとき。

海の近くに立ったとき。

私たちは、ときどきその場所を説明する前に、「この場所には、この匂いがある」と感じることがあります。

これは単一の香料によって作られるものではありません。

植物、建築材料、土壌、食べ物、人、湿度、温度、換気など、さまざまな要素が重なって、その場所固有の匂いの環境を形成しています。

建築環境におけるこうした匂いの知覚は、近年 smellscape という概念からも研究されています。smellscape研究では、人・匂い・建築環境の関係や、匂いを記録・分析する方法などが議論されています。

香りと空間記憶

空間の香りについて考えるとき、もう一つ重要になるのが 記憶 です。

たとえば、何年も訪れていなかった場所で、以前と似た香りを感じたとします。

その瞬間に、建物の入口。そこで見た風景。一緒にいた人。そのときの季節。といった記憶が呼び起こされることがあります。

香りと場所の結びつきについては、近年、 odor-place association や olfactory spatial memory といった観点から研究が進められています。

2025年に発表された系統的レビューとメタ分析では、24研究を対象に、人間が匂いを手がかりとして場所や経路を記憶・判断する能力が検討されています。研究では、匂いが空間記憶やナビゲーションにおけるランドマークとして機能する可能性が示されています。

これは、香りを単なる「空間演出」として考えるのとは、少し違った見方です。

香りで空間を「つくる」のではなく

香りを使った空間デザインでは、「この香りを使えば、この空間はリラックスできる」という考え方がよくあります。

しかし、研究室ではもう少し慎重に考えたいと思います。

なぜなら、同じ香りでも、感じ方は人によって異なるからです。

また、香りそのものだけではなく、どこで、いつ、どのような環境で、どのように提示されたかによっても、体験は変わります。

そのため、「香り → 感情」という単純な関係だけではなく、香り × 空間 × 時間 × 文脈 × 個人の経験という関係から考える必要があります。

空間の中で香りは動いている

もう一つ、香りを空間研究の対象として考えるうえで重要なのが、香りは固定されていないということです。

視覚的な家具は、その場所に置かれていれば基本的に同じ位置にあります。

しかし香りは空気とともに移動します。

温度。湿度。気流。換気。空間の大きさ。障害物。人の動き。

こうした条件によって、香りの分布は変化します。

つまり、空間の香りは「物」ではなく、「環境の中で変化する現象」として見ることができます。

これは、香りと空間を研究するうえで非常に重要な視点です。

研究室からの問い

桜井・森香ノート研究室では、空間の香りを「良い香りをつくる方法」としてだけではなく、

空間を知覚するための感覚情報

として考えていきます。

例えば、

まだ十分に分かっていないことがあります。

だからこそ、観察する。記録する。比較する。考える。というところから始めます。

次の問い

私たちは、「この場所はどんな匂いがする?」と聞かれたとき、何を思い出すのでしょうか。

そして、その答えは、その場所そのものの特徴なのか、それとも私たち自身の記憶や経験によって作られたものなのか。

香りから空間を考えることは、「人は場所をどのように感じているのか」を考えることでもあります。

桜井・森香ノート研究室では、この問いを「香り・空間・感性」の交差点から追っていきます。

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